ソ連空母建造前史4〜K案・特別委員会案・プロジェクト69AV

ソ連空母建造前史3
  前回はグラーフ・ツェッペリンについて取り上げたが、彼がソ連に与えたの影響は独ソ戦終結前の1944年のうちに現れている。日本でもそれなりに有名な、コストロミノフ技術少尉が卒業論文としてまとめた所謂”K案”がそれである。

(↑K案)
これは現在のN.G.クズネツォフ名称記念海軍アカデミーの卒業論文として発表されたもので、当時同アカデミー海軍科学部門のトップであったレオニード・ゴンチャロフ海軍中将によって執筆を指示されていた。グラーフ・ツェッペリン視察団の資料(当然独ソ回戦前のものである)を元にして研究を仕上げたと言われ、概ね同艦に準じた構造になっているが満載排水量51200トンと一回りほど大型化しており搭載機数も106機と強化されていた(グラーフ・ツェッペリンはそれぞれ33550トンと約50機)。全長280m・全幅33m・喫水8mで、カタパルトを2基備えた飛行甲板は全長300m・全幅35mの大きさを持つ。搭載機数106機の内訳は戦闘機66機・爆撃機40機であり、更にこれに加えて分解状態の8?14機を格納可能になっている。航空燃料は106機それぞれに22ソーティー分を確保する容量のタンクに貯蔵されるが分解状態の機体についてはそれぞれ5ソーティー分しか確保されていない。砲熕火器は巡洋艦に遜色ない水準であり、152mm連装砲8基・100mm三連装砲4基・100mm連装砲6基・37mm4連装対空砲8基・23mm連装機関砲22基となっている。装甲についてもコストロミノフ技術少尉は苦心して巡洋艦レベルを実現しており飛行甲板や燃料タンクそして操舵室は80mm・艦橋と格納庫は40mmの装甲が付帯されている。機関出力は267000馬力で最大速力35ノット、経済巡航速度16〜18ノットを発揮する計画であった。なお航続距離は1万マイルである。
 K案は卒業論文とは言え海軍大学校の生徒が実物を踏まえた資料を参照して真面目に設計したものであり、高い評価を与えられたとともにその後の空母研究に大きな影響を及ぼしたと言われる。しかしあくまでも卒業論文卒業論文であり、また砲装型軍艦大好き人間となったスターリンが権力の座に居るというクレムリンの政治的都合もあってかK案そのものが直接建造計画の俎上に上がることはなかった。



 この後に続いて設計されるのが、第2回でも取り上げたプロジェクト72と特別委員会案である。
1945年1月に10ヶ年艦隊整備計画に関連して空母について検討していた特別委員会は「赤色海軍向け空母の選択に関する考察」と題した報告書を発表し、昨今の海戦では航空機は必要不可欠でありソ連は陸上に強力な航空兵力を有しているものの海上にそれを投射するには費用と効率の問題がある(特に空母を保有していれば常に艦隊を敵機から守れる優位を強調した)と空母の存在意義を述べた上で、ソ連は空母建造の経験はないが第二次世界大戦で運用された各国の様々な空母を参考にすれば建造に支障はないと主張した。そして各地方の様々な情勢を考慮して北方艦隊には護衛空母と3万トン級空母を、太平洋艦隊には護衛空母と重空母を、バルト艦隊及び黒海艦隊には防空と対潜戦の為の1万4千トン級空母の建造を提言した。ただし経験不足を補うためにまずは小型空母から建造することを推奨している。この提言に先立って委員会は専門家を米海軍及び英海軍に派遣し空母の構造や運用そして戦闘方法を研究させており、それと同時にアメリカから供与を受けたリバティ輸送船を空母に改造することや同盟に基づきアメリカから空母を数隻レンタルあるいは購入することも選択肢に挙げるなど多角的な調査に努めていた。海軍副人民委員のイワン・イサコフ海軍元帥と海軍参謀次長ステパン・クチェロフ海軍中将は委員会の提言に懐疑的であったが、空母の必要性は認め部隊編成案の作成に取取り掛かることになる。しかし11月27日に10ヶ年艦隊整備計画が認可された時に、政府指導者と赤色海軍上層部の反対のために建造リストの中に空母は含まれておらず少なくとも今後10年は空母を建造しない方針が決定された。
 特別委員会が提言した空母のうち、3万トン級の物には小型案と大型案があるが、当初特別委員会に示された小型案の諸元は以下の通り。戦闘機30機と爆撃機雷撃機30機に加え水上機2機の合計62機を搭載し、カタパルトは2基を備える。砲熕火器として130mm連装砲12基・45mm4連装対空機関砲12基・23mm4連装機関砲4基を搭載する計画であった。装甲は舷側が100mm、主甲板が55mm、飛行甲板が30mm、格納庫が20mm〜30mmとなっている。なお飛行甲板の大きさは全長240m全幅24mである。最高速力は32ノットで、経済巡航速度18ノットで8000マイルの航続距離を持つ。排水量は28000トン。
 これに対して、特別委員会が要求した大型案は次の通り。戦闘機26機と軽攻撃機27機の合計63機を搭載し、砲熕火器は100mm連装砲9基・45mm4連装対空機関砲6基・23mm対空機関砲14基。装甲は舷側80mm・装甲水平甲板50mm・飛行甲板25mm・格納庫25mm。最大速力は34ノットで経済巡航速度は14ノット。21ノットで3000マイルの航続距離を持つ。全長242m・全幅29.6m・喫水8.18m・全高22.9m。基準排水量30560トン・満載排水量37580トンである。
 重空母は戦闘機・軽攻撃機・重攻撃機それぞれ24機の合計72機を搭載し、砲熕火器は100mm連装砲12基・45mm4連装対空機関砲6基・23mm対空機関砲24基。装甲は舷側100mm・装甲水平甲板60mm・飛行甲板25mm・格納庫25mm。最大速力は34ノットで、21ノットで3000マイルの航続距離を持つ。全長274m・全幅32m・喫水10.3m・全高29m。基準排水量35720トンで満載排水量43630トンである。
 バルト艦隊・黒海艦隊向け防空・対潜戦空母の諸元を以下に記す。搭載機は戦闘機25機(更に艦爆などが加わると思われるが機数不明)で、カタパルトは搭載しない。砲熕火器として130mm連装砲を6基・45mm4連装対空機関砲6基・23mm4連装対空機関砲2基を備える。装甲は舷側100mm、主甲板55mm、飛行甲板20mm、格納庫20mmである。最大速力は32ノットで、経済巡航速度18ノットで5000マイルの航続距離を持つ。飛行甲板は全長200m全幅20m。排水量(恐らく基準排水量)は15000トン。
 護衛空母の諸元は以下の通り。戦闘機24機・軽攻撃機18機で合計搭載機数は42機。砲熕火器は85mm連装砲4基・45mm4連装対空機関砲3基、23mm機関砲12基。最大速力は20ノットで経済巡航速度14ノットの場合航続距離は4000マイルとなる。全長153m・全幅18.6m・喫水5.15m・乾舷14.4m。基準排水量は7920トンで満載排水量は8560トンである。
 特別委員会―つまるところクズネツォフ―は正規空母級2隻(北方艦隊1・太平洋艦隊1)・軽空母級4隻(北方艦隊・太平洋艦隊・バルト艦隊・黒海艦隊それぞれ1)の建造を望んだが、承認されなかったことは上述の通りである。



 さて、1946年〜1955年の海軍力整備を定めた10ヶ年艦隊整備計画の中身を見てみることにする。
  1.プロジェクト30bisを発展させた大型駆逐艦の建造→プロジェクト41(タリン級)として結実
  2.新世代潜水艦の建造→UボートXXI型の設計を取り入れたズールー級などとして結実
  3.各種巡洋艦の建造→プロジェクト68bis(スヴェルドロフ級)として結実
以上がその骨子となる。アメリカに対抗する潜水艦戦力の増強とそれを援護する対潜戦の為の新たな駆逐艦の整備がキーポイントとなり、対水上打撃を担う巡洋艦については方針が二転三転したが最終的にプロジェクト66・プロジェクト82の中止とプロジェクト68Kの縮小により戦後新規起工分で竣工したのはプロジェクト68bisのみとなった。
 そしてその巡洋艦については、第二次世界大戦で建造が凍結され未完となっていたプロジェクト69/69i(クロンシュタット級重巡洋艦)1番艦クロンシュタットの処遇が問題となった。同艦は満載排水量4万トン級で、69は30cm砲・69iはビスマルク級と同形式の38cm砲を搭載するという事実上の巡洋戦艦である。一応起工はされたプロジェクト82はこのプロジェクト69の発展改良型だが、82は69の計画中止後の1951年に改めて建造しているのでこの時点では船体が余った状態になってしまったのだ。選択肢の一つとして空母に改造する可能性が模索され、改造空母はプロジェクト69AVの名称が与えられた。

(↑プロジェクト69AV)
プロジェクト69AVは1945年から1946年にかけて設計が行われたが、巡洋艦建造の進捗率が7%と芳しくなかったため解体することが決定され空母化の道も閉ざされた(もちろん10ヶ年艦隊整備計画の影響もあるだろうが)。なお2番艦セヴァストーポリは大戦中にナチスドイツによって解体・爆破され建造再開は断念されていた為こちらは問題となることはなかった。

ソ連空母建造前史5→

【参考】
Проект 69АВ и АВ комиссии Чернышева
Линейные крейсера типа «Кронштадт» проекта 69
Нереализованные проекты советских авианосцев, графика
Техника молодежи 1995-4 Аэродромы над океаном
Несостоявшиеся "Авианосные" державы