ロシア海軍は財政上の理由で予備役のタイフーン級戦略原潜を近代化しない

 Flot.comによれば、ロシア海軍は財政上の理由で残存する3隻のタイフーン級(プロジェクト941)のうち試験艦に転用されるTK-208”ドミトリー・ドンスコイ”を除いたTK-17”アルハンゲリスク”とTK-20”セヴェルスターリ”の近代化を断念するとのことです。

(↑タイフーン級/プロジェクト941) 
 この3隻のタイフーン級は、搭載するR-39 SLBMが製造不可能になりミサイルの在庫も放棄された(と思われていた)ため現在核抑止力としてのパトロール任務には就いていません。予備役に編入され、セヴェロドヴィンスクで待機しています。ただし、タイフーン級1番艦のTK-208はR-30”ブラヴァー”実験艦として試射に携わり、今後もソナーなど音響兵装の試験艦として現役にとどまることは明確に示されています。”近代化”の話は残る2隻が対象のものです。 

 2010年にロシア海軍総司令官のウラジミール・ヴィソツキー大将が「2隻のタイフーン級が2019年まで現役で任務を遂行するだろう」と、予備役のタイフーン級を復活させることを仄めかしました。彼の言葉を借りれば「それらの潜水艦は大いに近代化のポテンシャルを有していた」からです。タイフーン級の大きさであれば、当時開発中だったR-30”ブラヴァー”にしろデルタ級で運用中のR-29系列のミサイルにしろ、大量に搭載することができたでしょうし、艦内容積も十分すぎる程なのは明らかです。
 しかし2011年9月にロシア国防省ブラヴァー試射に携わっていたTK-208を除く2隻を解体するか近代化するかの二択にするとはっきり決定しました。
 続いて2011年11月にはボレイ級に搭載予定のR-30”ブラヴァー”はボレイ級より古い艦には搭載されないことが明示され、近代化されてもタイフーン級ブラヴァーが搭載される可能性は限りなく低くなりました。(追記:従来タイフーン級のR-39は在庫が全て無くなったと考えられていましたが、一定数のストックが存在する可能性があるようです。つまり今回の”近代化”は、巡航ミサイル原潜などへの転用としての近代化ではなく戦略原潜としての能力の近代化であったのでしょう。)
 そして、2012年3月になってロシアはタイフーン級の近代化を断念しました。2隻は2014年までに退役する予定です。
 
 
 タイフーン級の様に巨大な艦は二次核報復戦力としては20発のSLBMと大きな火力を有していますが、艦が巨大な故に維持費も莫大でありまたこれまた巨大なR-39ミサイルは運搬や保管にも手間がかかり不経済的でした。冷戦終結に伴い核戦力の必要性が低下したため当時のロシア海軍タイフーン級を退役させ、1世代前のデルタ級とR-29 SLBMの改良型で核戦力を維持することにしました。ソ連分裂によりR-39の1段目を製造していた工場がウクライナ領になってしまったこともあり、ミサイルの供給が絶たれたこともタイフーン級の退役を後押ししました。新たにボレイ級とR-39UTTkh”バルク” SLBMの開発も行われたもののバルクミサイルは予算不足で打ち切られ、代わりにICBMのトーポリMを転用したブラヴァーが開発に移され制式採用に至りました。
 このようにタイフーン級が放棄された理由には最初から経済的理由が含まれており、水中貨物船などへの転用も計画されたものの結局廃案になっています。現在のロシア海軍には核抑止力を得るのにデルタ級・ボレイ級というよりコストパフォーマンスに優れるあるいは小回りのきくシステムが有り、またタイフーン級ロシア海軍が欲しているであろう”大量の巡航ミサイルによる打撃艦”としても巨大すぎます。(一部が巡航ミサイル原潜に改造されたオハイオ級はトマホークを154基搭載して水中排水量18,750トンです。一方タイフーン級は水中排水量48,000トンです。)
 タイフーン級は固体燃料弾道ミサイル製造の経験が不足気味であり、また冷戦中であったソ連海軍には容認できる装備であっても現在のロシア海軍には手に余る装備のように思えます。