中国の海洋権益を担う組織の機構改革が行われる

 中国の全人代全国人民代表大会)で国家海洋局の権限強化や悪名名高き鉄道省の解体などを含んだ機構改革が提案され、全人代の閉幕までに承認される見通しだということです。産経朝日など各社が報じていますが、特にこの機構改革が海洋権益にどういう影響をおよぼすのか考えてみたいと思います。
 
 中国の「核心的利益」の確保を担って今日も元気に尖閣諸島周辺を巡航する”中国公船”の姿が日々ニュースで報じられていますが、注意すべきは”中国の巡視船”ではなく”中国公船”という風に報道されているところです。中国に巡視船が無いのか?といえばそういうわけではなく、きちんと存在しています。
 以前にも書いたことではありますが、中国で巡視船といえば準軍事組織である「中国公安辺防海警部隊」(中国海警)の運用する艦艇等を指します。この中国海警は準軍事組織であり武装警察でもあり、公安部辺防局が管轄していますが各部隊を集中的に指揮する部署は存在せず各省市の辺防総隊に海警の各部隊が存在しているだけのようです。主任務は沿岸警備であり捜索救助なども補助的に行います。
 捜索救助を主任務とするのは交通部海事局(MSA)です。交通部海事局の所有する船舶も巡視船と呼ばれますが捜索救助、海洋汚染への対応、水路業務などの任務の性格上こちらは非武装が基本です。
 国土資源部国家海洋局が管轄する海監総隊は海上の資源や各種施設などの保護を目的として領海やEEZの監視を主任務としますが保有する船舶は”巡視船”とは呼ばれないようです。
 農業部漁業局は漁業資源管理を担当し、ここが保有する船舶は日本の水産庁の漁業取締船に相当するものとして有名です。
 これらすべての任務は一般的には沿岸警備隊や漁業局が担っている任務であり、中国はそれぞれを別々の組織で執行してきていました。
 また、巡視船と呼ばれるのは中国海警と交通部海事局の保有する船舶であり、中国海警の船舶には”中国海警”、交通部海事局の船舶には”海巡”サルベージ船などには”中国救助”と表示されています。巡視船ではない残りの組織に属する船舶は”中国公船”や”海洋監視船”と日本では呼ばれ、海監総隊の船舶は”海監”、農業部漁業局の船舶は”漁政”という表示を持っています。つまり、日本で有名な海監や漁政は巡視船ではなく、日本における海上保安庁とは異なる立場の組織が運用していた事になります。これが前提です。
 
 日本の海上保安庁は純粋な警察組織だと規定されていますが、中国で海保に最も近いのは中国海警です。旧式ではあるものの海軍の053型フリゲート(江滬型)の初期型を転用した巡視船を持つなど軍事色の強い組織です。しかし尖閣諸島を巡る問題では領有権問題と言うよりも(尖閣諸島は中国のものであるという大前提のもとで)中国の資源などの権益を確保するという名目で海洋監視船を派遣しており、資源関係の問題で出動するのは上記の通り海監か漁政です。海警はあくまでも沿岸警備が目的であり、領土問題やそれに付随する権益の確保には出動していないようです。南沙諸島などでもバトルを繰り広げているのは海監などです。
 中国は「中国公船は非武装だが海保の巡視船や沿岸警備隊の船艇は武装している」と強調することがありますが、元々の任務を考えれば海監や漁政が大掛かりな固定武装を有さないのは当たり前です(中には固定武装を持つ船もあるようですが)。組織内での位置づけ的には海保巡視船のカウンターパートじゃないですから。
 一方で海監や漁政を迎え撃つ海上保安庁の巡視船は保有する弾薬に制限があるもののある程度の武装と比較的高い性能を有しており、権益主張の道具である海洋監視船では偶発的な衝突の時に圧倒することは難しいという意識があったのかも知れません。本格的な交戦で決着をつける事を避けた場合、小規模な小競り合いで世界に与えた印象が重要になってくるので「中国は劣勢」というイメージを与えないためではないでしょうか。また、似たような任務を遂行する役所が別々に船舶を保有しているのは非効率でもあります。
 
 そこで、中国は今回の機構改革で海警や漁政など複数の役所にまたがる海洋権益保護の役割を国家海洋局に集約することになります。これにより任務への柔軟な対応(旧海警や海監の保有していた船舶の使い分け)や即応性の向上を見込んでいるものと思われます。また海洋に関する問題の意思決定機関として国家海洋委員会を設置します。普通の国では中国海警・中国救助・海監の任務を一つの組織が担っていることを考えるとまあ殊更にこの改革を独創的だとか中国の脅威だとか言い立てるのはお門違いにも見えますが、原動力となったのは日本を始めとする周辺諸国との軋轢でしょう。この軋轢を経験することで中国は学び、改革に至ったと考えるべきです。
 習近平総書記は1月28日の中央政治局第3回集団学習において「われわれは平和的発展の道を堅持するが、われわれの正当な権益を放棄するわけには断じていかず、国家の核心的利益を犠牲にするわけには断じていかない。いかなる外国も、われわれが自らの核心的利益を取引対象にすることを期待してはならない。(中略)われわれは平和的発展の道を堅持するという戦略思想を幅広く、深く宣伝し、わが国の発展を正しく認識し、扱うように国際社会を誘導しなければならない。」と述べており、アフリカへの援助などの対外援助と海洋権益の保護は1つのセットとして行われているのは明白です。

 質はともかく量で押してくるのが中国の常套手段でしたが、質も向上しつつある現状は楽観視できるものではありません。日本も海上保安庁の厳格な行動マニュアルの策定と戦力の増強(特にPLHとワークフォース船)が望まれるところです。恐らく中国はこれから長きにわたって海洋監視船による粘着をしてくるでしょうから、新造巡視船の就役は無駄にはならないはずです。しかし、各種海事組織が統合されたからといって彼らの保有する船舶全てが尖閣に向けられるわけではないということには注意が必要です。なお、中国の各海事組織には中国海軍から転用された艦船が在籍していますが、元水上戦闘艦保有しているのは中国海警のみのようです。海監印の付いた船にも旧海軍の船艇はありますが砕氷船機雷敷設艦や救援艦を転用したもののようです