韓国のKFX(韓国国産戦闘機計画)を考える

 某2ちゃんまとめブログの記事によると、インドネシアは導入を検討していたKFX(韓国国産戦闘機計画)が頓挫しつつある状況を非難しているようです。韓国にとっては、練習機兼軽攻撃機であるT-50”ゴールデンイーグル”に続く計画でステルス戦闘攻撃機を製造しようという野心的な計画でしたが、これについて考えて見ることにします。

 そもそもKFXに求められている能力は「限定的なステルス性能を持ち、精密攻撃能力を有する」(日本周辺国の軍事兵器より)ことです。機体規模を無視してステルス性のみに着目するならば、限定的なステルス性を有するという点では欧州のラファールやタイフーン、アメリカのF/A-18E、そしてKFX立案当時は存在していないもののF-15SEが十分な開発能力のある国で製造あるいは計画されています。しかしKFXで目指したものははラファールやタイフーンの様な非常に限定されたステルス性ではなく、コスト削減や技術的問題から妥協するもののF-22F-35と同じくウェポンベイを備えた本格的なステルス戦闘攻撃機であることは明らかです。このレベルのステルス性を備えた機体で韓国が入手可能だと思われるものは、現時点ではF-35、F-15SE、そしてアメリカが計画しているF/A-18Eをステルス化した機体のみです。しかしいずれも大型ないし高価な機体であり、特にF-35の様な機体はノックダウン生産はおろか輸入しか認められない可能性もあり、韓国の航空機生産技術発展に寄与する部分は少なくなってしまいます。KFXはF-35のカウンターパートではなく、F-35を補完する役割を持たせるために自国の技術レベルに配慮しコスト削減を狙って「限定的な」ステルス性を持たせた国産戦闘攻撃機であることは容易に推測できるでしょう。かつて日本が主力要撃機にアメリカ製、支援戦闘機に日本製を導入したのと似たような関係です。KFXは「必要だから製造する」というよりも「ステルス機を国産する」という目的達成のために作られたプロジェクトだと言えます。

 KFXの名がはじめに姿を表したのは2000年7月のことで、韓国軍長期戦略大綱に記載されました。2001年3月の韓国空軍士官学校卒業式で当時の大統領金大中大統領が正式に計画を発表、2002年5月に空軍政策会議で作戦運用要求性能が出されました。結果としてKFXに要求された性能は、、16,000-20,000lbs級2基もしくは1基の50,000lb級エンジンを装備しF-16と同程度の兵装を搭載して朝鮮半島全域を作戦行動半径に収める航続距離を持つこと。更に超音速巡航能力を持たせ電波吸収材や機体形状などに配慮しRCSの削減に努めること。機体規模としてはF-16F-35の中間で性能もそれに準ずるものを求められました。この性能を持つ機体を2020年までにつくり上げることがKFXの焦点となりました。
 計画の中心となった国防科学研究所(ADD)は風洞実験を含む様々な実験を行い、最終的にはカナード翼を装備したKFX-201案とF-22と似た外見を持つ単発のKFX-101案に落ち着いたようです。

 しかし、問題が発生します。
 まず、韓国はKFX計画遂行に必要な技術すべてを有しているわけではないということです。KoreaTimesによれば、韓国はKFX計画に必要な技術の63%を有しておりインドネシアン・エアロスペース、トルコ・エアロスペース・インダストリーズ、SAAB、ボーイングロッキード・マーティンにKF-Xの開発の為に協力を求めているとのことですが、これは即ちこれらの企業あるいは米国が技術移転や協力を拒めばKFXが頓挫するということです。F-15K契約時に技術移転を含んだ契約を韓国は締結していたものの、それで韓国の保持していない残り37%の技術をカバーできる訳はありません。アメリカにとっては韓国も戦闘機市場の一つですし、うっかりKFXを輸出されては自国の商売に影響が出かねないため場合によっては容赦なく潰しにかかることは想定出来ます。まず実用的なステルス技術を持っている国という時点で協力を仰ぐ相手は絞りこまれてしまいます。それ以外の分野でも例えば、エンジンは仏SNECMA製M-88やユーロジェット製EJ-200などと共に米GE製F404も選択肢に挙げられています。F404の導入はKFXがアメリカの影響下に入ってしまうことを意味します。機体規模から言えば推力の小さめなM-88でも事が足りるかもしれませんが、アビオニクスなど含めてアメリカに一切依存しないというのは韓国には不可能に近いでしょう。特に国産AESA搭載も想定されているKFXですが、一切技術協力なしに一からAESAを作っていては間に合わない可能性もあります。他国と技術協力しようにもタイフーン向けのAESAですら不完全でラファール向けAESAは初搭載機が2012年にようやく納入という現状欧州は協力しがたい相手であり、日本は様々な理由により論外に近いものがあり、ロシアもあまり現実的ではなく、選択肢はアメリカのみになってしまいます。計画遅延覚悟で欧州から技術をもらうか、アメリカの影響下に入るか。政治的に欧州からすべての機材を導入することが難しいこともあるでしょう。
 さらに、韓国は戦闘機開発の経験が浅いにもかかわらずKFXにあまりも高度な性能を求めすぎたことも問題です。そもそも「超音速戦闘機・攻撃機」と呼べる韓国国産の機体はT-50(F/A-50)”ゴールデンイーグル”のみであり、その同機も外観はF-16とよく似ておりロッキード・マーチンが主導して設計したものでしょう。そういった経緯からすれば、ステルス性と高度な戦闘能力を併せ持つKFXには無理があってもおかしくありません。戦闘機の開発には個々の技術を一つの機体に統合してインテグレートする技術を求められます。特に機体サイズと必要な機内容積の板挟みに合うステルス機ではそれが顕著でしょう。機体サイズの小さなKFXではウェポンベイを搭載するとエンジンや配管に回せるスペースが大きく削られてしまうので韓国にはますます苦しい展開でしょう。ウェポンベイは1,000lbs級の爆弾2発と空対空ミサイル2発を格納することを求められています。F-35は空対地ミッションにおいて2000lb級JDAM2発とAMRAAM2発をウェポンベイに格納可能です。機体サイズを考えればKFXの機内容積はかなり苦しくなりそうですね。F-35の様に収納しきれない武装は機外パイロンにぶら下げるという手法もありますが、延坪島砲撃を受けてステルス性を重視する方針を採るようになったと言われる現状にはそぐいません(冒頭のKFXの模型は2005年のものですが機外に兵装を搭載しています。また機外の兵装にカバーをするという手もあります。)。実際、エンジンとウェポンベイの配置はかなり余裕がありません。ADDはT-50で経験値を得るつもりだったようですが、レベルを高く設定しすぎたのではないでしょうか。

 そしてこの状況下で韓国は国際開発を志向してしまいます。KFX開発に十分な検証がなされたかすら怪しい状況ですが、そこそこ安い値段にそこそこの性能とステルス性というKFXは超高価なF-22と高騰を続けるF-35、ロシアの開発するPAK FA以外の第三極として注目を集めていたのはたしかでしょう。韓国はT-50の軽攻撃機転用案A-50でもそうですが、既に先行者で飽和している大型・高性能市場ではなく第三世界などを対象にした市場に切り込もうとしています。基本的な輸出戦略もKFXは同じでしょう。これにトルコとインドネシアが食いつきました。しかもトルコはK-2戦車の件で既につながりが生じています。十分な技術を自国が保有していないなら他国と協力して補完するという国際開発そのものは悪くありません。しかしあまりに無茶を言い過ぎるとどうなるかはF-35を見ればわかることです。F-35は開発がレールの上に乗りつつありますが、お世辞にも航空機製造能力、特にステルス技術が高度に発達しているとはいえない3カ国が集まった所で事態を劇的に変える手段はないでしょう。結局は他国企業の技術頼みで、予算捻出の為に多国間協力をしたというのが実際でしょう。2010年にトルコはKFX開発において韓国との関係に不満を持ち計画を脱退。当の韓国も2012年に発表された2013年度予算案ではKFXの予算が消えKFXの妥当性を検証する予算が計上されたのみでした。そして今回、2011年から専門家60人を韓国に派遣して750万ドル以上を投入したインドネシアはKFX事業が2014年9月まで延期されて、2年半の努力が水の泡になり「なんの成果も得られなかった」と不満を表明しました。前述のとおり、KFXは2020年が戦闘機生産のタイムリミットであって”就役”ではないので延長されてもまだセーフといえばセーフです。しかし韓国がKFX中止を検討しているようなこの状況です。インドネシア側は「韓国がKFX延期の事実を随時通報せず、事業を継続する保障も無い」と主張しました。また、アメリカが技術移転を嫌うだろうという予測に加え中国や日本など周辺国の先端戦力に対抗しようとKFX以上の武器体系を望んでいるという分析もあるようです。KFXはあくまでも朝鮮半島を行動範囲とする機体なので対北用が主な使い道になります。洋上での中国との衝突や竹島を始めとする日本との争いでは出番はありません。これでは開発中止となっても不思議ではありません。一方、韓国にはF-16とF-15Kの中間の性能を狙ったKFX-40もあるようですがどうなるかは全く不明です。面白いのはアメリカがKFX代替にデルタ翼F-15を提案しているらしいということです。KFXの当初の目的からすると的はずれなようですが、韓国の狙いを見据えて大型のF-15を提案してくるとはさすがアメリカです。しかし、技術習得という点では国産機でない機体をKFX代替に導入してもいたずらに運用機種数を増やすだけでしょうし、仮に代替を調達するにしてもF-15K増備かF-35(F-15SE)調達数増加で手打ちでしょう。

 F-35より下の位置づけのステルス機、というのは輸出向けとして第三世界諸国やF-35の導入を躊躇している国々を狙うのにちょうどいい設定であったでしょう。しかし機体サイズからくる開発の難しさなどを考えれば韓国の見通しが甘かったと言わざるを得ません。今後、F-35を導入できない国を対象として売り込まれるのはF-16F/A-18や中国のFC-1やロシアMiG-35あるいは大型であるがSu-30ファミリー、ラファールやタイフーン、サーブ39になると考えられます。PAK FAは値段次第ですがおそらく相応の値段にはなるでしょうし、F-15も相対的に廉価だと見なされているとはいえまだまだ高価です。一方でT-50はさらに軍事費の少ないフィリピンが目をつけていますが練習機としてはM-346に連戦連敗中です。韓国と同じく”第三極”であり自国防衛向けの戦闘機を生産してきたサーブはステルス機の基礎研究を行なっていますが果たしてステルス機(FS2020)を完成させることができるのか(KFXの情報がサーブに流出したとされる事件もあり、FS2020はKFXと何らかの関係があるとも考えられています)、そして韓国の”ニッチ商戦”がどこまで成功するかは見ものだといえるでしょう。