イランがロシアとのS-300を巡る契約の正当性を改めて主張

 RIAノーボスチによると、12月17日、駐ロシア大使はロシアメディアに対して「テヘランはロシアとのS-300の供給を巡る契約を信じており、その性能を期待しています。イランは署名された防御兵器の供給に関する契約が正当なものであると信じています。その意味において、S-300はイランに供給されるべきです。」と語り、改めてイランのS-300の取得が正当なものであると主張しました。

 中東においては大まかに言えばイスラエルとその他アラブ諸国が様々な面において対立しており、軍事面ではイランはイスラエルの核保有を非難し一方でイスラエルはイランの核開発を軍事目的のものであると弾劾しています。近年のイスラエルは有力な空軍力により近隣諸国に対してある程度のアドバンテージを確保しています。オシラク原子炉を爆撃した有名なバビロン作戦などはその端的な例として挙げられますし、第三次中東戦争においてはイスラエル空軍機が各国空軍基地を奇襲することにより制空権を確保し戦闘を有利に進めています。
 イスラエルとしては軍事力を背景とした影響力・発言力を維持することはもちろん国を守るためには、アラブ諸国V.S.イスラエルという構図になると人員面で不利になるためイスラエル空軍を中東における”最優秀空軍”に保つことで敵の攻撃意図を挫き味方の損害を最小限に抑える必要があります。制空権を奪われた軍隊と確保した軍隊の差は第三次中東戦争の様子を見れば一目瞭然です。また有力な空軍を保有することは国益を勘案した場合にバビロン作戦の様なオプションを実行できるため好都合といえます。
 しかし高性能な防空兵器であるS-300をイランが保有するとイスラエルにとっては自らの空軍力を先制攻撃でイランへ投射することが困難になるばかりか、これまでは力押しで行ってきた様なイラン周辺のイスラエル空軍機の行動も制限されてしまいます。S-300が中東におけるゲームチェンジャーと呼ばれる所以でしょう。強力なイスラエルを支えてきた空軍力の投射に支障をきたすということは、戦力バランスが崩れひいては政治にも影響を及ぼします。
 現在、イラン陸軍が保有している防空システムはベトナム戦争時代からのSA-2"ガイドライン"(S-75)と第四次中東戦争イスラエル空軍機を苦しめたSA-6"クーブ"(2K12)、そしてパフレヴィー朝時代にアメリカから輸入したMIM-23"ホーク"であり、バージョンにより差異があるので正確な数値はわからないもののいずれも射程は30km前後です。
 古のSA-2は元々は戦略爆撃機の様な高空から進入する鈍重な目標を想定したシステムで、ベトナム戦争では工夫された運用法により米軍に相応の出血を強いましたが中東戦争当時既に戦闘機に搭載可能なECMでほぼ無効化されていた事と大型目標向けである事を考えると、現在のイスラエル空軍の戦闘機にとってさしたる脅威とは言えないでしょう。SA-6は第四次中東戦争で投入され、SA-2などの情報に基いて築かれた当時のイスラエル空軍機のECMでは欺瞞することが出来ず、さらにHome On Jamming能力を備えていたためイスラエル空軍を苦しめます。しかしECM装置の改修やECMポッドの携行により被害の低減に成功しているのでこれも現代の技術ベースで考えるとイスラエルに先制攻撃を思いとどまらせるほどの強制力は無いでしょう。MIM-23"ホーク"SAMはどの様な改修がなされているかは不明なのでなんとも言えませんが、古いミサイルですからこれもイスラエルに対する強制力は無いと見て構わないと思います。
 その点、S-300はアメリカのMIM-104"パトリオット"と比較される世代のシステムですからより新しいものであり、実際SA-1・SA-2・SA-125の後継として開発されています。使用されるミサイルは最も初期型のもので47kmあり、最大で200kmに迫る射程を持ちます。システムとしても前世代よりも洗練されており、ミサイルはキャニスターに装填され垂直発射により発射されるため即応性に優れていると考えられまた牽引式で機動力のなかったSA-2と異なりランチャー自体が自走化されています(師団防空を想定したSA-6は自走可能)。このように射程が長くECCM能力に優れなおかつ機動力があり様々な地点に配備できる防空システムをイランが導入すればイスラエル軍の行動を妨げることは明らかであり、イスラエルが導入を嫌うのは当たり前のことです。仮にイランの核開発問題においてバビロン作戦の様な介入を行おうとしてもS-300の存在はそれを躊躇わせてしまいます。一方でイラン側からすれば防空兵器ですからイスラエルに文句を言われる筋合いはないという言い分でしょう。。S-300の売却はイラン―イスラエル間の問題以外にもトルコ―キプロス間にもかつて存在しており、その能力の高さによる抑止力は十分期待できます。。

 S-300のイランへの売却自体は2007年に締結され、2010年には欧米メディアがイラン革命防衛隊の部隊がロシアでS-300を扱う教育を受けていると報道しています。イスラエルは当時からS-300売却には反対しています。そしてイランのウラン濃縮拒否に伴う安全保障理事会決議1929号によりイランに対する制裁でイランに対するミサイル供給が禁止され、2010年9月にはメドベージェフ大統領(当時)はS-300売却を禁じる決議に同意しています。この決定に対しイランはロシアに対し4億ドルの賠償を求めたものの、2013年9月にこの賠償要求を取り下げることを条件にS-300をイランに供給することをプーチン大統領は決定しました。実際には、インタファクス通信が2010年8月にイランがベラルーシからS-300を4基入手したと報じています
 ロシアはS-300を"外交の駒"として活用しているようで、以前にもシリアにS-300を売却するという報道がありました(S-300の供給話が出ては消え消えては出てを繰り返しているのを尻目に、ブークM2やパーンツィリS2などの短距離防空兵器は供給が続いているようです)。この場合もイスラエルの危険度は上昇するわけで、実際イスラエルヒズボラがアサド政権の保有する化学兵器を入手することを懸念して航空攻撃を加えているので、シリアがS-300を導入する可能性についてはかなり実際的な危機感も有ったのではないでしょうか。もちろん他にも手は尽くしたことは間違いないですが、S-300を利用してイスラエルのバックに付くアメリカを化学兵器全廃を条件に武力介入しない事を求める交渉のテーブルに引きずりだしたとしたとも考えられます。

 これに対抗するイスラエル側ですが、遠隔地への迅速な戦力投射の方法を航空機以外にも模索しています。シリア内戦が激しかった2013年7月5日にシリアはラタキア武器貯蔵庫がイスラエルによって破壊されています。その武器貯蔵庫にはロシアの新型超音速巡航ミサイルP-800"ヤホント"が50基ほど格納されていたとされています。当初はイスラエル空軍機による空爆で破壊されたと報道されましたが、後にイスラエル海軍のドルフィン級潜水艦からの巡航ミサイル攻撃だとされています。この出来事はイスラエルは航空機による空爆と同じことを潜水艦から発射される巡航ミサイルでもやってのけることが可能だということを意味します。同級は普段からイランに対する報復攻撃を加えるべくローテーション配備されていると考えられており、イスラエルは航空攻撃に加えて新たな攻撃オプションを手に入れたということです。内戦で混乱状態とはいえシリアも一定の防空能力は保持しているのでそれをすり抜けて武器庫を破壊したことには一定の評価を下せるはずです。
 また、イスラエルは将来的にF-35保有を目指しており、航続距離の問題はありますがF-35のステルス能力とワイルド・ウィーゼル機材を組み合わせればS-300にもそれなりに対抗していくことは可能かもしれません。

 イランは国連安全保障理事会決議1929号以前は本格的なBMDに対応したS-300Vを希望していたようですが実際に調達されるのは果たしてS-300Vになるか、陸上配備通常型のS-300P系列になるのか・・・。