INF全廃条約はロシアの戦略を損ねる

 前ロシア連邦軍参謀総長のユーリー・バルエフスキーが「INF全廃条約の遵守はロシアの戦略の利益とはならない」と述べたとВоенное.РФが報じています

 INF全廃条約に関しては米露双方が継続的な合意違反を行っているとも言われている。
専門家たちは軍事的指導者がそれが適切であるとみなした場合、ロシアはINF全廃条約を脱退するかもしれないと考えており、アメリカ国務次官補Rose Gottemoellerは12月10日の公聴会で「アメリカはロシアにINF全廃条約を忠実に履行させる為の一連の軍事的対抗手段を用意している」と述べた。7月上旬にアメリカ政府は”中距離兵器管理の条約遵守に関する報告”を纏め、その中でロシアによるINF全廃条約違反を非難した。その報告書ではINF条約下における射程500km〜5500kmの地上配備型巡航ミサイル及びそのランチャーを試験・製造・配備しないという義務をロシアが犯したことになっている。ロシア外務省はこの疑惑は事実無根だと主張しているが、一方でメディアは「我々はアメリカ出典の情報によってロシアの新型巡航ミサイルの実験や諸元、そして条約違反について語ることだって出来るのだ」と報じている。
 INF全廃条約は米ソ間で1987年に調印され翌1988年に発効し、両国は短距離(500km〜1000km)と中距離(1000km〜5500km)の射程を持つ兵器を完全に廃止した。1991年までには条約が履行され、2001年までには相互査察も完了している。しかし米ソ以外の各国は未だにこの種の兵器の保有が可能であり、大陸間弾道ミサイル・戦域弾道ミサイル・戦術弾道ミサイルが中国・北朝鮮イスラエル・イラン・インド・パキスタンで現在も運用されている。


 これまでも米露関係が緊張する度に争点となってきたINF問題ですが、ウクライナ関係で再炎上といったところでしょうか(かなり短期間で炎上を繰り返すので実際どうかはわかりませんが)。
 この件に関するロシア側の主張はほぼ一貫していて、上のВоенное.РФの記事中でも触れられていたように米露以外の第三国が中・短距離ミサイルを保有しているにも関わらず自分たちがそれを制限されているのは不公平だというものです。そしてロシアは中・短距離戦力をアメリカのミサイル防衛計画への対抗手段として位置づけているため尚更不公平だと言っているわけです。つまり、アメリカがMD配備を行うならロシアはそのMDを突破する能力を持つ弾道ミサイルを配備して均衡を取り戻すという理屈になります。一例としてはブッシュ政権の東欧ミサイル防衛計画に反発して2008年に当時のメドベージェフ大統領が表明したカリーニングラードへの9K720”イスカンデル-M”配備が挙げられます。この時はイスカンデルの射程に入るバルト三国や東欧諸国は配備について懸念を表明しており、イスカンデル配備問題自体はアメリカの計画見直しで沈静化しますがミサイル防衛への対抗手段としてのイスカンデルそしてINF戦力のパワーは失われていません。このことは今回のユーリー・バルエフスキー前ロシア連邦軍参謀総の発言からも明らかです。ロシア政府として公式にINF全廃条約脱退を表明しているわけではないものの、この問題は常に軍や政府内でくすぶり続け、問題が表面化する度に彼らは”INF全廃条約の脱退かグローバル化”を主張するのです。
 この問題については小泉悠氏がYahooニュースに正確・詳細な記事を投稿しているので詳しくはそちらに譲りますが、米露双方に後ろ暗い所があり、それがВоенное.РФの言うところの「双方が継続的な合意違反を行っている」ということです。
ロシア側は
・イスカンデル-K地上配備型巡航ミサイル
・イスカンデル-M戦術弾道ミサイル
・RS-26弾道ミサイル

アメリカ側は
・中距離弾道ミサイル標的として使われるトライデントSLBMの改造型
・長距離UAV
・欧州ミサイル防衛計画に組み込まれるイージス・アショア・サイト
がINF全廃条約違反の可能性があるとされています。
 イスカンデル-Mについては公称最大射程500kmなのでINF全廃条約の対象にはなりませんが、500km以上の射程をマークするポテンシャルを持つとも言われていますが他の2つも含めていずれも憶測の域を出ません。
 一方でアメリカ側の違反についてですが、UAVは完全な言いがかりというかイチャモンとしか言い様がない。弾道ミサイル標的についてもそのロジックにはややイチャモン感があるが破綻しているとまでは言えないが、それなりにクリティカルなのはイージス・アショア・サイトでしょう。現在の欧州弾道ミサイル防衛計画の目玉でもあるわけですが、その中枢は所謂イージスシステムなのでランチャーはMk.41 VLSが使用されるわけで物理的にトマホークが発射可能である以上INFに該当してしまいます。SM-3の運用にはトマホーク対応のStrike-Lengthが必須なので言い逃れは不可能です。何らかの対策が必要でしょう。

 INF問題は政治的な問題へと昇華されており、個人の発言一つが一大事に直ちに発展することは無いでしょうが、二国間のバロメーターそして今後の軍事戦略を左右する出来事として注視する必要はあるでしょう。