ロシアがISILに対して実施中の一連の巡航ミサイル攻撃についての雑感

 現在ロシア軍は水上戦闘艦・潜水艦・航空機からISILに対して巡航ミサイル攻撃を行っています。
 一連の攻撃の火蓋を切ったのは、カスピ小艦隊でした。警備艦ダゲスタン(ゲパルト型/プロジェクト11661K)及び麾下の小型ロケット艦ブヤンM3隻の合計4隻が10月7日の早朝にカスピ海からシリア領土に向けて26発のカリブル有翼ミサイルを発射しています。ゲパルト型1番艦タタールスタンがウラン対艦ミサイルによる対水上打撃能力を備えているのに対し、ダゲスタンはSSMに代えて"3S14"VLSを8基搭載することでカリブルによる対地攻撃能力を備えています。これはブヤンM各艦も同様です。この4隻はカスピ小艦隊が有するカリブルを発射可能な全戦力でもあります。

 カスピ海からシリアを攻撃するに当たって、巡航ミサイルイラクとイランの領空を通過する必要があります。攻撃に際してロシアは両国に許可を取り付けたとのことです。また、一部ではこの攻撃で発射されたミサイルの一部がイラン領土に落下したという報道も成されましたがロシア当局は否定しています。
 カスピ小艦隊は周囲にはアゼルバイジャンなどの油田地域があるとはいえ今まではあまり戦略上重視されてきたとは言えませんでしたが、ここに来て対中東戦略で新たな巡航ミサイル発射という戦略的役割が付与されたわけです。タルトゥースを通じたシリアへの物資輸送や地中海への部隊展開を通じて黒海艦隊は対中東戦略で大きな役割を担ってきましたが、同艦隊には高度な対地攻撃能力を備えた巡航ミサイルを装備した水上戦闘艦は存在しません。米空母撃沈を目指した冷戦型装備の艦船が殆どを占めており、ポスト冷戦に求められる地域紛争介入のための対地攻撃能力が欠けています。それに対してゲパルト型警備艦や小型ロケット艦ブヤンMなど、現代の軍事行動の目的に対応した装備を有する新鋭艦が配備されたカスピ小艦隊は小勢力ながら有力な艦隊だとも言えます。更に、シリアを攻撃するならカスピ海からならイランやイランの領空をミサイルが通過する許可さえ取れば事足ります。黒海から攻撃するにはトルコと交渉する必要がありますし、わざわざ地中海まで出て行くとなると火力投射の周期も変わってくるでしょう。カスピ小艦隊から攻撃を行うのは軍事的にも政治的にも合理的だといえます。

 しばらく間を置いた11月17日にTu-95とTu-160による巡航ミサイル攻撃が行われました。これは11月のパリの自爆テロ及び10月のシナイ半島でのロシア機墜落を受けて行われたISILに対する空爆の一部です。空爆には12機のTu-22M3のほかTu-160・Tu-95MSが投入されており、このうちTu-160とTu-95MSが巡航ミサイル攻撃を行っています。Tu-22M3は目的に適合する通常弾頭巡航ミサイルを発射できないのでラッカやデリゾールへ侵入しての爆撃に徹しているようです。Tu-160やTu-95はカスピ海上から34発の巡航ミサイル攻撃を発射し、その中にはステルス性を持つ最新鋭の巡航ミサイルKh-101が含まれていたことから注目されています。主力のKh-55系列が射程3000kmとされているのに対してKh-101はカリブルの2倍の射程である5000km以上の射程を持つとされ、これはロシア領空から直接シリアを攻撃出来るほどです。以前からロシアはISILへの空爆目的と称してSu-30やSu-34あるいはSu-25など12機をシリアへ送り込んでいましたが、今後は更に大型爆撃機25機・戦闘攻撃機8機・戦闘機4機がロシアを拠点にISIL攻撃を支援する方針であり大幅に戦力が増強されます。

 さらに航空機による巡航ミサイル攻撃と同日の11月17日に潜水艦からも巡航ミサイルが発射されたとされています。攻撃したのは黒海艦隊所属の改キロ級(プロジェクト636.3)のB-237 ロストフ・ナ・ドヌーで、改キロ級はカリブルシリーズのうち3M14Eを運用する能力があります。ただし、この情報はロシア語の一次ソースでも「国防省筋」が伝えたという表現がされており公式な発表では無いようです。



 一連の攻撃でロシアは水上戦闘艦・航空機・潜水艦からの巡航ミサイルによる精密な火力投射能力を有していることを実証しました。ロシアはアメリカが湾岸戦争で実施したような「開戦劈頭巡航ミサイル攻撃を行い敵を制圧する」戦術に強い興味を示しており長らく研究を行ってきましたが、それが実を結んだのです。こうした巡航ミサイルによる精密な対地攻撃は従来は主に西側先進諸国の特権的な能力だと考えられていましたがロシアもそういった国々の仲間入りを一応果たしたことになります。一連の攻撃には純粋な軍事的目的以外にも多分にデモンストレーション的目的も含まれているのでしょう。こうした目覚ましい能力発展も南オセチア紛争の戦訓や反省を反映した改革と無関係では無いでしょう。巡航ミサイルによる対地攻撃の困難については改めて説明するまでもないでしょうが、正確な測位システムや地図の整備や目標選定能力などが要求されるためハード面ソフト面共に技術と経験が要求されます。ロシアが高度なECM状況下でも先を行く西側諸国と同等の巡航ミサイル攻撃を行えるかどうかはともかくとして、このISIL攻撃はロシアに西側と同等の巡航ミサイルによる対地攻撃能力が備わっていることが実証された出来事として注目に値すると思います。
 ロシア(ソ連)と西側の巡航ミサイルと言えば、個人的に真っ先に思い当たるのがP-700とTASM(対艦型トマホーク)です。両者は射程はほぼ同じですが大きさは全く異なっており、トマホークは533mm魚雷発射管から運用できるほど小型であるのに対してP-700は重量が7トンにも達する超大型となっている。飛翔速度や誘導性能ではラムジェットエンジンを搭載し衛星誘導を併用できるなどP-700にも優れた点は有ったし米空母を確実に撃沈するためにあのような巨体が必要とされたとも言われているが、巨大化の一因に当時のソ連のエレクトロニクス技術が西側より劣っていたという面もあるとも指摘されています。P-700の就役から約30年後に登場したカリブル(クラブ)有翼ミサイルは最大射程2500km程度とされており、これはトマホークの現行版のタクティカル・トマホークの射程3000kmに匹敵するものです。サイズはこれもトマホーク並で、水上戦闘艦なら汎用VLS潜水艦なら魚雷発射管から運用できます。当時と求められる性能や目的あるいは状況(何が何でも米空母を沈めたいわけではない)が違うとはいえ、遂にP-700を生み出したソ連の直系たるロシアもここまで来たかと思うと少し胸が熱くなります。ところで、ロシア海軍は改キロ級を黒海艦隊以外にも配備する意向のようなので、地域紛争介入能力を主要艦隊が備えるのは意外と早くなるかもしれませんね。
 さて、水上戦闘艦からISILへの巡航ミサイル攻撃は前述したとおりダゲスタン及びブヤンMから行われています。どちらも小型艦艇であることは間違いありません。冷戦時代、地域紛争介入と言えばそのシンボルは巨大な米空母だとソ連は考えていたようで、アドミラル・クズネツォフまで本格的な空母を有しなかったソ連スカッドミサイルを装備した巡洋艦プロジェクト1080を設計し地域紛争介入を目論んでいました。結局プロジェクト1080は実現しませんでしたが、地域紛争介入の手段として巡航ミサイルに熱い視線をロシアが注いでいたことは間違いありません。その成果の1つがダゲスタンやブヤンMへのカリブル搭載であり、結果として今のロシアの巡航ミサイル攻撃があるわけです。2013年にキーロフ級のアドミラル・ナヒーモフは近代化されることが発表されましたが、そこで対艦ミサイルのP-700はP-800オーニクス及びカリブルに交換されることになっています。生まれ変わるアドミラル・ナヒーモフにかつてのプロジェクト1080が重なりますが、ロシアはアドミラル・ナヒーモフの近代化を待たず全く対称的な小型艦艇で歴史的な巡航ミサイル攻撃を敢行しました。かつてP-700は大型艦にしか搭載できなかったのに対し、トマホークはその小柄なサイズを生かして駆逐艦や潜水艦にも配備されそれまで戦略的な存在感の乏しかった艦種に長射程かつ精密な対地火力投射能力を付与するという大仕事をやってのけました。今ロシア海軍ではそれと全く同じことがカリブルを通じて起こっているはずです。スカッドミサイルと巡洋艦による地域紛争介入を目論んだソ連の大きな夢を、小さなカリブルミサイルを搭載した小さなコルベットが叶えたというのは何だか面白い話です。