はやぶさの帰還

 JAXA小惑星イトカワの探査を目的に2003年5月9日(金)に打ち上げた探査機「はやぶさ」(MUSES-C)が今日、地球に帰還します。7年間をかけ地球とイトカワの0.28天文単位(4200万km)を往復したことになります(前にも記事書いてたのを忘れてました)。

※以下長いので読みたくない方は下のほうまで飛ばすことを推奨※

 はやぶさ計画の発祥は1985年6月の「小惑星サンプルリターン小研究会」です。当時はアモール群(地球の公転軌道に外接しているが交差はしない小惑星群)に分類される小惑星アンテロスのサンプル取得を目的としていましたが、要求を満たすロケットが無かったことから断念されました。その後、固体燃料ロケットとしては世界最大級のM-Vロケットが開発されたことにより再び検討が開始され、M-V 2号機のプロジェクトとしてLUNAR-A計画としのぎを削るも敗退(ちなみにLUNAR-Aは計画中止。まあそのおかげで先日勤めを終えた”かぐや”が打ち上げられたわけですが)。その後は工学衛星計画として再検討が進められ、1996年に正式にプロジェクトが認可されました。当初、目的地はネレウス(4660)でしたが、M-Vロケットが運搬可能な探査機の能力から見て到達は困難とされ、第2目標の(10302) 1989 MLが選ばれました。が、2000年2月10日のM-V 4号機が打上に失敗し、それの余波を喰らって2002年に予定されていた探査機打ち上げが中止になり(10302) 1989 MLへ向かうことができなくなりました(軌道の都合上仕方ないことですね)。その結果浮上したのが第3目標。名前は1998 SF36。目標はハヤブサ打ち上げ後の2003年8月を持って”イトカワ”に改称。

 ハヤブサを載せたM-Vイオンエンジンを併用した地球スイングバイに成功し、イトカワへ向けて0.28天文単位の飛行を開始しました。が。何しろイオンエンジンでこんな長距離を航行するのは世界初。早速問題数多。同9月にはAと呼称されるイオンエンジンが出力不安定となり運転停止。同10月末から11月にかけてよりによって観測史上最大規模の太陽フレアに遭遇。搭載メモリや太陽電池に影響が出たものの被害は最小限に食い止められました。そして2004年5月19日に世界初のイオンエンジンを併用した地球スイングバイを行い、一気にイトカワへ向け加速しました。同12月9日にはイオンエンジンの連続稼働時間が2万時間を超え、2005年2月18日には遠日点を通過。イオンエンジンを搭載した探査機としては最も太陽から離れた地点に到達しました。そして2005年7月31日、2番目の大きな問題が発生。既に1機を停止させていたイオンエンジンですが、姿勢制御装置であるリアクションホイール3基のうち1機が故障。2機でも問題なく姿勢制御できるとされ探査機の運用は続行されます。同8月28日にはイオンエンジンを停止しイトカワとのランデブーに備えます。この時にはやぶさは初めて面積のあるイトカワの映像を撮影。また自転時間が事前の予想通りの12時間であることも確認しました。同9月10日にはイトカワの細長い形状がはっきりと分かる画像を撮影。同9月12日にはイトカワと地球を結ぶ直線状でイトカワ上空20kmの位置に到達。この時点で公式にランデブーが成功したとされました。ここからがイトカワの本格的な観測の始まりです。・・・・が、同10月2日、リアクションホイールがさらに1基故障。残るリアクションホイールはZ軸を担当する1基のみでこれだけでは姿勢制御は不可能でした。が、ここで諦めるわけにも行かないのではやぶさチームを含むJAXA関係者などが知恵を絞りに絞った結果、化学エンジンを併用して姿勢制御を行う事になりました。科学エンジンを使用するということはその分余計な推進剤をつかうということですが、背に腹は変えられません。もっとも、これでは帰還するための燃料が不足してしまうため、対策として効率良く科学エンジンで姿勢制御する目処も急いで立てられました。同11月4日、イトカワへの着陸(むしろ"タッチダウン"という方が正しいですが)のリハーサル中に探査機が異常を発見したため降下を中止。11月9日には再度のリハーサル降下でターゲットマーカー(ミッション関係者の名前入り。これとは別のマーカーがイトカワサンプル採取も行う本番の降下で大事な役目を果たします)を分離。11月12日には高度55mまで降下し、探査機ミネルヴァを投下」。機器は正常に動作したもののイトカワへの着陸は失敗しました。そして11月20日イトカワは88万人の名前が詰まった本命のターゲットマーカーを投下し、それを誘導装置にしてイトカワへのタッチダウンへ向け自立降下していきました。降下中にはやぶさは障害物を検知。降下を一時中断したものの再び降下を開始し、2回のバウンドを経てイトカワに着陸しました。これは一種の事故で、本来ならサンプル採取の為のタッチダウンだけの予定でした。が、この間は受信局の切り替えでビーコンが受信できない時間帯だったので、はやぶさは30分間イトカワに居座っていました。はやぶさからの応答がないのを不審に思った管制官によりはやぶさイトカワから離陸しました(このとき地上は着陸の事実を把握出来ていませんでした。)。なお、地球と月以外の天体で同じ物体が着陸と離陸を行ったのは初めてです。・・・・・・・面倒になってきました。それに長い。この文章はJAXAWikipediaと某雑誌の連載記事をベースにまとめていますがWikipediaでもこの件に関しては十分に高精度な記事がありますからそちらを参照してください。あと、この動画も。

 今回のはやぶさの航海の意義はまず、イオンエンジンが長期間の航海に耐えうることの実証。従来のアメリカ式イオンエンジンは電極から削り屑が出やすい構造で運転時間は短いままでした。日本の技術陣はそれをクリアしたイオンエンジンを作り、はやぶさに搭載したわけです。ならばなぜイオンエンジンが必要なのでしょうか?一般のロケットは燃料(推進剤)を燃やした反動で飛行します。なので飛行する距離が長ければ長いほど多くの推進剤が必要になります。例えば日本のH-2B液体燃料ロケットの場合、打ち上げ時の自重は550t程ですが、そのうち458tが推進剤とそれを燃やす酸素です。しかし、ペイロードに乗せて衛星軌道上に投入できる物体の重さは19t程に過ぎません。宇宙空間に入ると(巡航中は)大きな重力を振り切る必要はないのでここまで大量の燃料は必要になりませんが、それでもロケットと同じ宇宙船を作ろうとするとかなりの推進剤が必要になり、そのくせ大して物資を運べない船ができてしまいます。そこで注目されているのが「より僅かな推進剤でより大きな効果を上げるエンジン」です。必要な燃料が少ないと打ち上げ時に使用するロケットの運搬性能の要求も下げることが出来ますし、開いた質量は観測機器に回すことも出来ます。この「より僅かな推進剤でより大きな効果を上げるエンジン」の一つがイオンエンジンであり、先日相乗りで打ち上げられた光帆船実験機「イカロス」です。この分野で高い技術を持つことは将来においても良い展望を持つことができるということです(ただし予算も必要だけどね)。そして偶発的だったとはいえ、地球と月以外で初の着陸&離陸も行ったことになります。さらに小惑星のサンプルを回収できた可能性が有ることも非常に有意義です。

 あと、M-Vはここ5年ほど打ち上げられてないはずなのでそろそろ作って打ち上げないと固体燃料の技術が・・・・・・。

 はやぶさ帰還時に生中継を実施するサイト/団体があります。それぞれリンクを貼っておきます。

和歌山大(午後10時30分から30分間)

ニコ生(午後10時から)

NASA(午後10時45分から10分間)

宇宙機構・NEC(午後6時〜12時)

宇宙機構の生放送は相模原の管制室の様子の中継となります。NASAも生放送やってくれるんですね。はやぶさが投下するカプセルはオーストラリアの砂漠地帯のウーメラという場所に着陸する予定です。はやぶさは大気圏突入時にお約束の「炎上」する運命にありますが、よく頑張ってくれたと思います。おかえり、はやぶさ